Essay

第1回 「マジシャン泣かせな人々」

僕はおもに、いわゆる「マジックバー」で夜な夜な手品を見せている。お酒を飲みながら目の前でマジックをご覧いただけるのが醍醐味なのだが、生身の人間を相手にする以上、なかなか一筋縄ではいかない人もいるのである。どんなお客さんの前でも動じずに演じきることがプロだとはいうものの、やりにくいものはやりにくい。今日は、どんなタイプがマジシャンにとってやりにくいか、本音を書こうと思う。これから初めてマジックを見に行こうという方は必見だ。

◆タイプ別「困ったちゃん」

「つい手が出ちゃうよ」タイプ
これは一番困る。裏向きに伏せて置いたカードをいきなりぺロッとめくったり、挙句の果てにはジャケットのポケットに手を突っ込んでくる人までいる。こうした暴挙によってその手品はそこでストップせざるを得なくなり、お見せするはずだったネタがひとつ、見せられなくなってしまう。手を出した本人がその損を被るのは勝手だが、同席した他のお客さんはたまったもんじゃない。金返せ、だ。(ただし、これにはマジシャンの力量も大きく関わっていて、そもそも迂闊に手を出されること自体、マジシャン側の失態であると言える場合もある)


「オレ様がムードメーカー」タイプ
マジシャンより自分が目立とうとする。普段ひょうきんな人で通っているのか、やたら寒いギャグで笑わせようとしたり、いちいちチャチャを入れたがるいわゆる「イチビリ」な人。頼む!周りの空気を読んでくれ!

「オレにカードを切らせろ」タイプ
この人はいったい何がしたいのか?自分でカードを混ぜてもなお見事にマジシャンがカードを当てるところを見たいのか、それとも観客が混ぜると困り果て、それを見て「なーんだ、やっぱりできないんだ」とマジシャンが失敗するところを見たいのか。いずれにしてもショーの流れを止める行為なので勘弁してほしい。

「携帯電話で話し出す」タイプ
これはマナーの問題ですな。これをされると、ようやくあたたまってきた場の空気が一気にブチ壊される。彼にとってはおそらく、部屋でテレビを見ているのと同じ感覚なのだろう。一期一会の「生」の醍醐味を楽しんでもらいたいのだが。残念。

「本当にタネが分かってしまう」タイプ
時々いるのだ。ことごとくタネを見破ってしまう人が。マジシャンの未熟ゆえ、もありうる。分かってしまったものは仕方がない、グッと自分だけの秘密にしておいてほしい。

「てんで見ちゃぁいねぇ」タイプ
実はマジシャンにとって一番ツライことは、ツッコミを入れられたりタネを見破られたりすることよりも、見てくれないことなのだ。ステージの仕事で立食パーティだったりすると、一部の前列の人しか見ていないという状況が発生する。いっそこのまま消えてしまいたい気持ちになる。幸い、マジックバーはマジックを見に来てくれている人ばかりなので、その点では贅沢な環境であるといえる。

他にも、なんとかタネを見破ってやろうとしてずっと片手だけを追撃ミサイルのごとく追いかけたり、身を乗り出して下のアングルから覗き見ようとする人もいる。僕らはタネがバレても何も困ることはないのだが、ただ、ほかのお客さんもいる場で、子供みたいに上から下から覗き込んだりする行為を恥ずかしいとは思わないのだろうか、とは思う。

◆観客あってのマジック

なんだかマジックの見方に注文をつけたみたいに聞こえるかもしれないが、上記のような、他のお客さんの楽しみを奪うような迷惑行為でなければ、基本的にどんな楽しみ方をしようとお金を払って見に来ているお客さんの自由だと僕は思う。
タネを見破ろうと何度も足を運んで同じところばかりを見るのを咎めることはできないし、声を出して驚くことが苦手な人は黙って顔の表情だけでも構わないと思う。楽しみ方は人それぞれ。僕らはそれを強制できない。顔色ひとつ変えずじっと腕組して見ていても、帰り際に「おもしろかったよ」と声を掛けてくださる方もいる。それがその人なりの楽しむスタイルなのだったらそれでいい。
要はお客様に楽しんで帰ってもらいたいだけ。それが僕らマジシャンの仕事なのだ。

PAGE TOP